都立青山霊園を巡る墓地の旅、第三弾
「ボクはずっと愛し続けます」
歌舞伎界一の伊達男・市川海老蔵の婚約宣言だ。うーむ、カッコいいねえ。海老蔵の家柄は、歌舞伎界の大名跡である市川團十郎の直系である。團十郎は常に艶男であらねばならず、海老蔵は團十郎を襲名する名目となっている。浮名を流し続けた当代・海老蔵こそ、我々歌舞伎ファンが望む團十郎の姿なのだ。
あ、言い忘れました。ワタシは歌舞伎好きなんです。ですので、今回は、趣味も交えて歌舞伎役者を訪ねる墓地の旅。
歌舞伎界の2大巨星を巡る墓地の旅。
さて、現代歌舞伎界には巨星が二つ生まれたと言われている。十一代目市川團十郎と六代目中村歌右衛門です。この2大巨星、團十郎と歌右衛門のお墓参りが同時に出来るのが青山霊園。墓マイラーとしてこの至福に痺れつつ、『十一代目團十郎と六代目歌右衛門—悲劇の「神」と孤高の「女帝」 』を携えて、さあいざ墓参る。
※中川右介著『十一代目團十郎と六代目歌右衛門—悲劇の「神」と孤高の「女帝」 (幻冬舎新書) 』
戦後、大衆からの絶大な人気を誇り、市川宗家の名跡のもとで劇界を背負う宿命を負った立役、十一代目團十郎。妖艶な美貌と才芸を武器に、人間国宝、文化勲章などの権威を次々手にして這い上がった不世出の女形、六代目歌右衛門。立場の異なる二人が一つの頂点を目指したとき、歌舞伎界は未曾有の変革を孕んだ—。華やかな舞台の裏に潜む、人間の野望と嫉妬、冷徹な権謀術数の数々。最大のタブーの封印がいま解かれる。 (「BOOK」データベースより)
聖地巡礼は歌舞伎座へ。
さて、まずは聖地巡礼から。ここは変化球を投げずにど真ん中に放り込みたい。歌舞伎座である。
東銀座の歌舞伎座は、大正時代から当地で小屋を開き、火災や戦災などで様々な変遷はあったが、今日に至るまで名実ともに代表的な歌舞伎劇場として知られる。この建物は2010年4月をもって閉場し、ビルディングの路面階に歌舞伎座の面影を残しつつ、全面建て替えとなる予定だ。その功績を惜しみつつ訪れる聖地巡礼である。
平日の昼間であるが、外国人やお年寄りなどでごったがえす歌舞伎座前。人気なのだなあ、と少し嬉しい気持ちで出し物の演目看板を見ると……。
おおうっ、これは何という巡りあわせ。
中村勘三郎、中村松江という歌右衛門の流れをくむ看板役者の演目ではないか! 勘三郎は3世中村歌右衛門の門弟だった初世を祖とする家系。ワタシの個人的な友人でもある松江は、血こそ繋がらないが、実父の東蔵は歌右衛門の芸養子であるので、この統一は芸事の直系筋である。
せっかくなので、助六寿司を買って、一幕歌舞伎を見て気を充実させる。歌舞伎は高いというイメージがあるが、一幕見席ならば千円からと気軽に見ることが出来ます。これ、みなさんもぜひ活用してください。
さてさて、歌舞伎座にて聖地巡礼し、いよいよ青山霊園へ。
女形の最高峰・中村歌右衛門
まずは、六代目中村歌右衛門(1917−2001)の墓所へ。
[第1号・1種イ9、10側17番2]
生涯を通じて歌舞伎の女形に拘り、映画やテレビドラマに出演することもなかった歌右衛門。その芸は戦後歌舞伎最高峰と謳われるが、影では同性愛などの疑惑でスキャンダルもあったそうだ。もちろん梨園の世界では全てのことが芸の肥やしであり、醜聞というものなんぞ歌右衛門の名声を一片も曇らせるものではない。
加賀屋(歌右衛門の屋号)に相応しい立派な墓所の中央には「河村藤雄 妻河村つる子」と彫られた墓石が。右には「河村家之墓」左に「加賀屋代々之墓」の墓石がある。
お墓の美しさは、華燭すぎず品のある作り。そして、動物好きであった歌右衛門らしく、墓所の入り口や墓石の下には犬の像があった。線香を焚き、歌右衛門の掛け声である「加賀屋!」と一声掛けて手を合わせる。南無。
ちなみに、五代目歌右衛門のお墓は、東京都府中市・多磨霊園にある。
ミスター歌舞伎・市川團十郎。
いよいよ十一代目團十郎(1909−1965)の墓参。
[第21号・1種イ12側4番]
まずは、團十郎という名前がいかに大きな名跡であるかの講釈を。
歌舞伎には屋号がたくさんあるが、市川團十郎の「成田屋」がもっとも古く、由緒ある屋号とされている。成田屋は17世紀末に初代市川團十郎が、信仰していた成田山新勝寺にちなんでつけた屋号であり、成田山では平将門調伏の祈祷を行ったため、将門を祀る神田明神の氏子は成田屋を応援しないという話もある。
お弁当寿司で御馴染みの「助六寿司」は、團十郎の十八番である「助六」の登場人物・揚巻の名を洒落て、稲荷寿司の「油揚」と「巻寿司」からきているというのもいい話である。
この他にも團十郎をモチーフにした話はたくさんある。まさに、ミスター歌舞伎と呼ぶに相応しい名前なのだ。
さあ、團十郎の墓所へ。
うおおおお、でかい!
でかい、そして派手だ!團十郎らしい墓所だ……この言葉はワタシからの賛辞ととってください。やっぱり團十郎は生きていても鬼籍に入っても派手じゃなくっちゃいかん。まずは「劇聖」と呼ばれた九代目團十郎の慰霊塔がどーんと立つ。そして「九代目團十郎門下」の石碑。威厳ある「従四位勲三等 十一代目市川團十郎之墓」の墓石も神々しい。
ワタシもこんな達者な演者になりたいな……と、ご利益ありますように心を込めて合掌。南無。
他にも歌舞伎役者の墓所として、猿之助や亀冶郎、俳優の香川照之が近親となる、市川 中車(いちかわ ちゅうしゃ:屋号は立花屋)の立派な墓所もあります。
[第22号・1種イ10側4番]
初代中村吉右衛門の(1886−1954)墓所もあります。
当代は二代目。鬼平犯科帳などで知られる大人気役者の吉右衛門。吉右衛門という名前もこれまた名門の出で、近親に松本幸四郎、市川染五郎、松たか子がいる。
[第12号・1種ロ7側2番]
今回も充実の墓地の旅でした。
ビバ青山霊園!









