CIRCUS SPECIAL INTERVIEW
旅=人生を語る。
沢木耕太郎
KOTARO SAWAKI
『深夜特急』に感化され、旅に出た人は少なくないはずだ。あの頃、自分はどこへでも行けるような気がしていた。年を重ねるごとに、自由や軽やかさが失われていく気がするのはどうしてだろう。時間がない…お金がない…もっともらしい言い訳を掲げて「旅」を欲しなくなったのはいつからだったのだろうか。『深夜特急』をはじめ、数々の作品を世に送り出してきた沢木耕太郎が小誌に登場。インタビューを前編、後編(次号)に分けてお届けする。 昨年秋に発売された沢木耕太郎の『ポーカー・フェース』。いくつもの挿話を連鎖させて、あるひとつのイメージに膨らませていく、彼ならではのこのエッセイ集は、1984年発表の『バーボン・ストリート』、90年発表の『チェーン・スモーキング』に続く待望の第三弾。まずは今作品誕生の背景を聞いた──。
──エッセイの題材というのはどのように見つけるのですか?
沢木 話のネタとか、タネとかいうようなものが、生きていくうちに蓄積されていきますよね。その一方で、日々の生活の中で新しい驚きもあって、こうしたふたつの要素がクロスすることがある。そうすると線と線とが交わったところに、ひとつの交点ができるでしょう。その交点ができた部分をエッセイに書いているんです。たとえひとつの点であっても、二本の線が交わって生まれた点であれば、そこにはふたつの要素が存在します。僕の中の驚きみたいなものが、複合的、重層的に集まったときにひとつの姿となり、その集合体が作品になるんだと思います。
──それらの「交点」の中でも、文章にするものとそうでないものとの違いはありますか?
沢木 やっぱり「何かを書こう」と思わないと、交点も浮かんでこないんじゃないのかな。日常的に書こうとするものがあるわけではなくて、例えば、井戸のようなものをのぞき込んで、その中に縄で降りて行き、周りを懐中電灯で照らしてみる。そうしたときに、暗い記憶の壁に、うっすらと交点のようなものが見えてくるんです。それを引きずり出してみてから、何かを書くという作業が始まるような気がします。
──では、「書くための場」のようなものが必要であると?
沢木 そうですね。場が何かを規定するということも含めて、場によって生まれるものは多いと思います。最初の『バーボン・ストリート』は「小説新潮」で、次の『チェーン・スモーキング』は「エスクァイア」誌で、そして今回の作品も「小説新潮」で連載したんですけど、それぞれの雑誌に微妙に影響を受けている感じがしますね。
──その「交点」を、沢木さんの中でどのように「作品」に昇華させていくのですか?
沢木 交点というのは、日々生まれているし、以前にできた交点も僕の中にあるわけです。そうすると、それを包む、さらに大きな何かが見えたときに「書く」という作業が本格的に始まるのかもしれないですね。実は、書く前に「どの交点を使って、どのように包もうか」と考える作業が一番楽しい。僕にとっては、夢のような時間なんですよ。(詳細は本誌、p.66から)

PROFILE
1947年、東京都生まれ。70年「防人のブルース」を発表。79年に『テロルの決算』で大宅壮一ノンフィクション賞を、82年には『一瞬の夏』で新田次郎文学賞を受賞。86年から刊行された『深夜特急』は、当時の若者を中心に一大ブームとなり、この書を片手に旅に出た若者が続出した。刊行から20年以上がたった今でも、多くの人たちの胸を揺さぶり続けている。現在、新潮社より『バーボン・ストリート』『チェーン・スモーキング』に続くエッセイ集『ポーカー・フェース』が絶賛発売中。




