CIRCUS SPECIAL INTERVIEW
いっそ、諦めてしまえばいい
古市憲寿
NORITOSHI HURUICHI
細身な体におしゃれな洋服。物腰は柔らかく、取材にはひとつひとつ丁寧に答える。至って普通の若者である彼だが、弱冠27歳にして社会学者として活躍する。著書『絶望の国の幸福な若者たち』は、リアルな若者像や社会の本質を見事に捉えた話題作だ。不況、格差社会、雇用不安が叫ばれる毎日、不透明な将来にウンザリする人も多いだろう。しかし、彼は言う「今の時代に生まれて幸せだ」と。
――当時26歳の古市さんが若者論を書いたきっかけと、執筆を通じて見えてきたことを教えてください。
古市 一昨年に、ピースボートをテーマにした修士論文を書籍化しました。出版後、「若者」について尋ねられる機会が多かったのですが、若者一般のことを具体的に語れるわけでもなかった。そこで、若者について真剣に考えてみようと思ったのがきっかけです。 書いてみてよく分かったのは、若者の語られ方に、進歩がないということです。かつて若者だった年長者からは、「最近の若い者は」とけなされるか「若者に希望を託す」と持ち上げられるかのどちらかしかない。これは、「若者」の代わりに「青年」という言葉が使われていた明治末期~大正初期の頃から変わっていません。また、若者論はコミュニケーションツールとして、とても重宝されているということ。年長者が若年者を「最近の若者は…」と語るだけではなく、「最近の新入社員は…」と26歳が22歳を非難することもよくあります。この若者バッシングコミュニケーションはあらゆる世代で、延々と続いていくんだなと。 一方で、バッシング対象となる若者の多くは、将来に不安を感じながらも今の生活に満足していて「幸福」だと感じている。これはある程度、予想していた通りの結果でした。
――なぜ若者は、不安があっても満足なんでしょうか。
古市 心から満足しているというよりは、「まあ、こんなもんだろうな」と思っているのでは。例えば、就職活動を通して大企業に入社できるのはごく一部。ガムシャラに頑張っても報われないということを知っていて、諦めるのには慣れている。難しいことにチャレンジするよりも、今手にしているインフラを使って楽しむほうが、楽で幸せなのです。 よく「昔に戻ったほうが幸せだ」という声を聞きますが、単なるノスタルジーにすぎません。例えば、昭和30年代は基本的なインフラすら整っておらず、今では考えられないほど病気も蔓延していました。寿命も短く、若者といえども健康のことを考えなくてはならなかった。今の若者は、健康面などを危惧する必要がない分、ほかのことにベクトルを向けることもできる。幸福を感じやすいインフラが整備されているのです。僕は、現代の若者のほうが、昔に比べてはるかに幸せだと思いますよ。 しかし、今の若者は満足していて幸せだとはいっても、それは自分の身近なところに限った話で、日本は、とか、社会は、と範囲を広げていくと、幸福度は下がっていきます。 親はまだ現役で働いていて経済的な援助がありますし、デフレが続く現在の状況は、消費者側にいる若者にとっては喜ばしいことです。そんな状況で20年先のことを考えろと言われても難しい。でも、これから大変な時代を生きていかなくてはならないことは理解している。今に満足している若者だって、デフレが続くことに漠然とした不安感はあるし、20~30年たてば、自分の健康を害したり、親を介護する必要も出てくるだろうなと。社会的にも、高齢者ばかりが増える一方で、その点は絶望的です。 つまり、若者の現在に満足し幸福だという認識は、先の未来が見えないからこそ、現状で満足するしかないという、将来を絶望視した不安の裏返しなんです。(詳細は本誌、p.104から)

PROFILE
1985年、東京都生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程在籍。慶應義塾大学SFC研究所訪問研究員。有限会社ゼント執行役。社会学に従事する。著書に『希望難民ご一行様 ピースボートと「承認の共同体」幻想』、共書に『遠足型消費の時代 なぜ妻はコストコに行きたがるのか?』『上野先生、勝手に死なれちゃ困ります僕らの介護不安に答えてください』がある。




